大阪大学大学院工学研究科 応用化学専攻
物質機能化学コース

研究内容RESEARCH

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超分子化学的アプローチによる
機能性有機材料の探求

小さなことからコツコツと、分子の積み木をつんでます‼

「積み木の化学」と「機能超分子化学」

皆さんの多くは、幼いころ積み木で遊んだ経験があるかと思います。様々な形や色の積み木を箱の中から取り出して、お城や塔、列車や車を作ったりしますよね。さらに少し大きくなると、同じ形や色の積み木を集めて整然と並んだ幾何学的なパターンを作ってみたりしたかもしれません。このような遊びを、「化学」として捉えてみたらどうでしょう? もう40年も前、1981年に本研究室・先々代の教授、竹本喜一先生が『積み木の化学―分子の形・集合・機能』という書籍を上梓し、その革新的な言葉が創られました。積み木1つ1つは様々な分子であり、積み木で遊ぶ子供は水素結合やπ/π相互作用、配位結合、静電相互作用、ファンデルワールス力といった非共有結合です。これらを巧みに使って、分子を様々な構造に積み重ね、それに応じて機能や物性を制御しようという化学です。

例えば、上図にあるような台形の積み木を考えてみてください。
積み重ね方には色んな方法があります。
しかしながら、積み重ね方によって頑丈な構造、脆弱な構造があることが容易に想像できると思います( ①<③<②<④の順に頑丈)。
同じようなことは、原子や分子のナノの世界でも起こっているのです。
頑丈な構造は「融点が高い」、「溶剤に溶けにくい」、「硬い」、「劣化しにくい」など様々な性質を持ちます。
一方で脆弱な構造の多くはその逆の性質を示します。
しかしながら、機能性材料を考えたときに、本当に④のような頑丈な構造が良いのでしょうか? 一番脆弱な①の構造は、この構造だけ磁性を示しますし、電気も流れる、光の波長を変換する素子にもなります。
また③の構造は隙間を利用して、ガス分子を貯蔵したり、有害物質を分離したり、さらには隙間の形や性質を利用して、その中で高選択性の反応や、通常では起こらないような反応を実現できることもあります。

藤内研究室では、非共有結合を巧みに操ることで「自己組織化」を駆使した、有機結晶工学による新しい「機能性材料の開発」を行っています。分子の凝集を自在に操ることで、その分子に新しい価値を創造することに挑戦しています。

「超分子的アプローチを利用した有機塩による機能性材料の開発」

『結晶は真空を嫌う(分子はできるだけ密にパッキングする)』、『結晶は有機物の墓場である(一度結晶化すると分子は動かない)』というこれまでの結晶学の常識に真っ向から反旗をひるがえし、私たちは新しい有機固体化学の研究を進めてきました。すなわち、有機酸と塩基からなる有機塩を用いることで結晶中に空間を創出し、外部刺激によって結晶中での分子運動を制御し、分子集合に呼応した新しい機能を発現させることにチャレンジしてきました。このような研究は従来の常識に囚われない斬新な試みであり、ユニークなナノ材料の開発へと展開できる非常に拡張性の高い研究課題です。

その中で私たちは、『有機固体の物性や機能は分子構造だけではなく、分子集合にも大きく依存している。』という基本コンセプトを掲げ、以下のような超分子化学、結晶工学、光化学、材料化学等に基づいた研究課題に取り組んできました。

  • 固相状態で分子を自由に配置し、物性や機能を制御する(有機半導体物質の凝集変換と機能制御)
  • 単独の有機分子では成しえない、凝集状態ではじめて発揮される新しい機能を開拓する(有機多孔質材料の創成と機能化)
  • 固相状態における光電物性や物質吸着特性等の物性・機能とその分子集合の相関を明らかにし、物性や機能が発現する機序を体系化する(分子集合に依存した物性・機能発現の学理解明)

上記のような課題に対し、私たちは研究対象である有機物質として、カルボン酸やスルホン酸、ホスホン酸のような有機酸とアルキルアミンや複素環アミンのような塩基から形成される『有機塩』を用いてきました。この系は以下に示すような優位な点を持っています。

  1. 有機塩は酸塩基反応により二成分を混ぜ合わせるだけで簡便に様々な物質を作成可能。
  2. 分子骨格を選択するだけで“光”、“電”、“磁”、様々な物性や機能を導入することができる。
  3. 直接的な有機合成では導入困難な置換基や構造モチーフを導入することもできる。
  4. 有機酸とアミンの間で形成される電荷補助型水素結合を利用した分子集合の精緻な制御が可能。
  5. 有機塩は溶解性や成型加工性に優れ、取扱いの難しい有機半導体物質などを、溶液、ゲル、薄膜、液晶、結晶など様々な物質状態に展開可能である。

このような有機塩をプラットフォームとして使った「物質創成」、「分子集合変換」、「物性変調・機能制御」を融合した研究は独創的で国内外他になく、極めて斬新な手法です。

「有機塩の凝集変換による光電特性制御」

1)アントラセンジスルホン酸アミン塩の凝集変換による光電特性制御

これまで私たちは、アントラセンジスルホン酸(ADS)と脂肪族第一級アミンとの有機塩による物質創成と系統的な分子集合変換を提案してきました。
上図に示すように、ADSとアミンを組み合わせることにより、発光部位の分子構造を変化させることなく分子集合様式を様々に変調することができます。
この分子集合様式に依存して、発光量子効率、発光波長が劇的に変化します(量子効率では100倍、波長では約200nm)。
有機塩の特徴は、非常に作成が簡単であるということ、および様々なアミン化合物が入手可能であるということです。
これらの特徴を活かして、ハイスループットな機能性材料の探索が可能となります。
また、アントラセンは1960年代に有機ELとして報告された最初の物質であり、有機半導体として最も基礎的な物質の一つです。
本研究において得られた結晶性材料の電荷移動度を測定したところ、分子集合に応じて絶縁性から2.5cm2/Vsと非常に大きな値まで示すことがわかりました。
無修飾のアントラセンが0.1cm2/Vsであったことから、有機塩を使った本手法は半導体性のような電気物性の制御においても極めて有用であることがわかりました。
さらに同じアントラセン分子骨格であっても、スルホ基の導入位置を変換することで、結晶中での分子集合様式が大きく変化し、全く違った物性や機能を導出することができます。

また、この手法は現象だけではなく、理論的な研究にも非常に有用です。
有機結晶ではしばしば蛍光が消光されることが知られています。
これまでこの現象は蛍光団同士の過度な相互作用により励起エネルギーが散逸され、消光すると考えられてきました。
しかし、有機塩を用いた私たちの系統的かつ緻密な研究により、結晶中においても振動失活により消光が起こっていることが明らかになりました。
驚かれるかもしれませんが、結晶中でも数%から多い場合は十数%の真空の空隙が存在しています。
空隙率が大きくなるにつれて分子振動に対する余地が大きくなり、結果として振動失活による消光が起こることが判明しました。
また一方で蛍光団を堅い分子骨格で強固に固定すると、発光量子効率が飛躍的に向上させることができました。
これらの結果はこれまでの光物理化学の常識を覆すものであり、有機固体の発光機序を解明する極めて有用な知見となりました。

2)チオフェン誘導体ジスルホン酸アミン塩の分子凝集変換による光電特性制御

さらにこのような有機塩を用いた分子集合変換システムをチオフェン骨格にも展開していきました。
チオフェン骨格を含む化合物は高い発光特性や導電性を有することがよく知られており、OFETs (有機薄膜トランジスタ)やOLEDs(有機発光ダイオード)、OPVs(有機薄膜太陽電池)などの有機光電子材料への応用に向けた研究が積極的に行われています。
しかし難溶なチオフェン誘導体の分子集合様式を制御することは難しく、有機半導体材料としての性能を十分生かし切れないことが往々にしておこります。
そこで本研究では、チオフェン化合物を母骨格としたそれぞれのジスルホン酸(BTDS, BTTDS、BTBTDS)と種々のアルキルアミンから成る機能性有機塩を用いて分子配列制御を行いました(上図)。
アミン成分の立体因子を系統的に変換することで一般的なヘリングボーン構造から段階的にパラレル構造へと変化させることができ、発光特性や導電特性の変調が可能となりました。 以上の様に有機塩を使った手法は、今後の様々な有機半導体研究に大きく貢献できるとものと考えられます。

「スルホン酸アミン塩をもちいた多孔質有機塩(Porous Organic Salts)」

有機低分子からなる非共有結合性の多孔質構造は、成型加工性や構造多様性などに優れることからこれまでにも盛んに研究が行われています。特にダイヤモンド状のネットワークからなる有機多孔質構造は、本質的にネットワーク構造が有する大きな空隙率や安定性などの有用性から多くの設計、構築が試みられてきました。しかしこれらの多孔質構造の従来までの設計の多くは単分子構造に依存しており、構築された多孔質構造の機能化や設計指針の汎用性の面で多くの課題が残されています。そこで私たちは、2007年に報告した立方体状の水素結合ネットワークを超分子シントンとして多様なモノスルホン酸とトリフェニルメチルアミン(TPMA)から形成される嵩高い超分子クラスターに着目し、これを基本単位として多孔質構造の階層的な構造設計を行いました。多環式芳香族部位を有する適切な分子長のモノスルホン酸をTPMAと組み合わせることで、芳香族部位が四面体状に突き出した超分子クラスターを形成させることができます。また芳香族部位は、π-π相互作用、水素結合、CT相互作用などの分子間相互作用を介して柔軟な連結部位の役割も果たすことで、超分子クラスターをダイヤモンド状ネットワークに集積させます。構造内に大きな空間を有したダイヤモンドネットワークはしばしば、ネットワーク同士の相互貫入によって最密構造を形成しますが、超分子クラスターの嵩高さに起因したネットワーク間の立体障害によって相互貫入が抑制され、結果として大きな空間を有した多孔質構造が得られます。

さらにこのような指針に基づき様々な芳香族スルホン酸を設計合成すると、用いたスルホン酸分子の大きさや形状、長さ、分子特性に応じて、多種多様な大きさ、形状、安定性、光電特性、物質吸着特性を持った多孔質有機塩が得られ、様々な用途に展開することができます。

「多孔質有機塩の特徴と応用」

このようなコンセプトで作製した多孔質有機塩は、その構築の特性から非共有結合性の多孔質構造としては非常に大きな空孔をもち、空孔の形状設計や空孔表面の修飾が可能です。さらに、超分子複合体の連結方法を変更することで、多孔質構造の硬軟や安定性を制御することもできます。また、有機分子骨格に発光性や導電性を持たせることも可能で、光電磁といった機能を簡単に付与することができます。一方で多孔質構造を構成しているそれぞれのコンポーネントは特定の極性溶媒に可溶であり、バルク材料だけではなく、ナノクリスタル化や薄膜化、他の支持体との複合化も可能です。またその安定性と可溶性を両立することで、再利用性、再生性といったリサイクル特性にも優れています。

これらの特性を利用して、私たちは一連の多孔質有機塩を「吸着・分離」「センシング・イメージング」「分子アライナー・プラットフォーム」「触媒・ナノリアクター」とする応用研究を進めています。

「多孔質有機塩の研究例」

1)安定な多孔性物質の構築と機能

安定な細孔構造を有する多孔質構造は、構造の剛直性に起因して極めて可逆性の高い吸着挙動やサイズ・形状選択特性を示すことから、僅かな分子の違いを高精度に認識することができます。機能性有機分子からなる剛直な多孔質構造は、この分子認識性に光電子特性などの機能を融合させることが可能であるため、センシング・イメージング材料などさらに幅広い応用が期待できます。剛直な多孔質構造を構築するため、ジスルホン酸とTPMAを組み合わせた設計を行っできました。モノスルホン酸とTPMAの場合と同様に超分子クラスターを形成しましたが、ジスルホン酸を用いることで、分子骨格をリンカーとしたネットワーク形成が可能な超分子クラスターを形成し、剛直な多孔質構造を構築することができました。この多孔質構造は取り込んだ有機物の僅かな構造上の違いを認識し、大きく発光色や発光強度を変化させることができました。また、剛直な構造により、二酸化炭素を高選択的に吸着させることができます。以上のように機能性ジスルホン酸とTPMAを用いて超分子クラスターを基本単位とした階層的な構造設計を行うことで、高い選択性と蛍光特性を兼ね備えた多機能性多孔質構造を思い通りに構築することができることを示しました。

2)高包接能多孔質構造の分子認識とセンシング

多孔質構造の設計には2つの方向性があります。一方は選択的なゲストの取り込みを目指した高選択性多孔質構造であり、他方は多種多様なゲストを取り込む高包接能多孔質構造です。この2つは目的や用途によって使い分けられます。私たちは様々な化学物質を取り込み、取り込んだ物質に応じて特異的に発光挙動を変化させるセンシング材料を指向した有機固体発光材料の開発を目的とし、発光性高包接能多孔質構造の開発を行いました。

これまでの研究により、剛直で、嵩高く、歪な形をした有機分子は様々な化学物質をゲストとしてその結晶中に取り込むことがよく知られています。1,8-アントラセンジスルホン酸(1,8-ADS)とTPMAから作成される有機塩からは電荷補助型水素結合により巨大で極めて歪な超分子クラスターが形成されました。この特殊な超分子クラスターから形成される多孔質構造は、「大、小」「直鎖、環状」「極性、非極性」「脂肪族、芳香族」など様々な化合物を取り込みました。この高包接能は、歪な超分子クラスターが伸縮自在な極性・非極性、2種類の空孔を形成させるからです。また取り込んだ分子に応じてアントラセンとの相互作用、およびアントラセン間のπ-π相互作用が協同的に変化し、青色から赤橙色まで幅広く発光色調を変化させました。現在、これらの知見を利用し融合することで、ガス分子やハウスシック症候群の原因となる揮発性有機分子(VOC)に対するppbオーダーでの高感度、高精度センシングシ材料の開発に成功しています。

当研究室では、これ以外にも様々研究を行っています。 ご興味のある方は、気軽にお問い合わせ下さい。