インタビュー

「自分」を持った学生たちとのラボライフ

大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻
博士後期課程2年 桝谷 佳弘
留学先:米国 University of Utah (Professor Matther S. Sigman)
留学期間:2017年10月1日?2018年1月31日

インタビューに応じる桝谷さん(阪大 茶谷研究室)

刺激溢れる人種の坩堝(るつぼ)

留学先に着いた当初、国も文化も違いますから、どこをみても驚いてばかりでした。 交通ルールも当然違うし、野菜もデカイ!(笑)。
研究室にはアメリカ人だけでなく、ドイツ、スペイン、フィリピン、中国、さまざまな国のポスドクや学生が集まってきていて、日本人が全くいなかったので、多国籍感が強烈でした。著名な先生の研究室で博士号を取得しているポスドクも多く、非常に刺激を受ける一方で、我らが茶谷先生の知名度の高さにも、正直驚きました(笑)。

ひとり一人が「自分」を持つ学生気質

日本の研究室では、他の人が残っているから皆夜遅くまで残る雰囲気がありますよね。
一方、アメリカの研究室ではポスドクや学生たちは、自分の実験や課題を早く済ませることに熱心で、夕食までにはさっさと帰っていくのが一般的なスタイル。また、先生から右を向けと言われても全員が右を向くことはなく、学生達も自分の意見をきちんと持っていました。「私にはこちらの方が合っているのかな・・・?」と考えさせられました。

ユタ大学化学棟近くから見下ろすソルトレイクシティの街並み

ラボ文化の違いには質問攻めで対応

実際の実験に関しては、実験装置や分析機器の仕様も違ったので、慣れるまではかなり手間取りました。例えば、エバポレーターは内圧が表示されるのが当たり前と思っていましたが、留学先のものは内圧が表示されず、よく突沸させてガックリきていました(笑)。慣れない環境での研究は、失敗に負けないたくましさと気持ちの切り替えが大事です。
あまり詳しくは書けませんが、けっこう実験手法がラフだったり、ガラス器具の洗浄や破棄方法が日本と違っていたり、独特のラボ文化や研究室独自のルールがあり、戸惑うことも多かったです。おまけに多様な国の人たちが集まっている研究室でしたので、私はわからないことがあると、自分で判断せず、とにかく誰かに訊ねるようにしていました。ラボ文化をまず把握しないとラボライフはうまくいきませんから。

TOEICスコアより話そうとする姿勢

英語に関してはスキルよりも「コミュニケーションしようとする姿勢」が求められます。英語で話しかけられて聞き取れなかったら、そのまま聞き流さずに、わかるまで何度も訊き直せば、大抵の場合は親切に教えてもらえます。ネイティブからすれば、TOEICの得点が高かろうが低かろうが日本人は「英語が下手な連中」と思われているので、気にしても一緒ですから。
これは、逆の立場を考えたら納得できます。外国からの留学生が文法や発音がおかしな日本語で話しかけてきても、意味は大抵理解できるし、親切に答えてあげようとするはずです。これと同じ。私は英語が得意なほうではないですが、こんなふうに割り切っていたので、英語で苦労することはあまりなかったです。

留学生とのコミュニケーションが楽になった

米国留学から帰ってきて自分自身で一番変わった点は、研究室の留学生とのコミュニケーションに抵抗感がなくなったことでしょうか。以前は留学生に話しかけるとき、知らず知らずのうちに「面倒だな・・・」と躊躇していましたが、今は余計なことを気にせずに、楽に話せています。

大量に売られていたオレオ

大人しく過ごしたシェアハウスでの4ヶ月

留学中は、民泊紹介サイトで見つけた、シェアハウスで暮らしていました。そもそも4ヶ月という短期間で借りることのできる部屋が少ないうえに、部屋探しに出遅れて、一人住める部屋が見つからなかったのです。
そこには、一般旅行者も長期滞在者もいましたが、一人に一部屋ベッドルームがあるので、特にストレスなく暮らせました。研究室と違って、シェアハウスの中ではトラブルに巻き込まれたら嫌なので、コミュニケーションを避けておとなしくしていました(笑)。
家賃は1ヶ月光熱費込みで8万円ちょっと。短期の割にはリーズナブルでした。

留学経験は自信にもつながった

今回の留学も含めて、博士後期課程というのは、いろいろと困難な局面があります。2年間、それをなんとか乗り越えてこれたという経験は、これからも研究者としてやっていけるだろうという自信につながりました。
博士後期課程を卒業した後は、化学関連の民間企業への就職を希望していますので、これからは就職活動に力を入れていきたいと思っています。

実験室での桝谷さん(阪大 茶谷研究室)

<博士後期課程に進んだ理由>

学部生のころはバイト三昧でした。
博士後期課程に進学したのは、指導教官が博士後期課程進学を奨める先生だったことと、将来ちゃんと研究者としてやっていく自信が欲しかったからです。

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